脇の下や足の付け根、お尻などに、繰り返しできる痛いおできやしこり。
もしかしたら、その症状は単なるニキビや毛嚢炎ではなく、「化膿性汗腺炎(かのうせいかんせんえん)」かもしれません。
「病院に行く時間がない」「恥ずかしいからできれば自分で治したい」「市販薬で何とかならないだろうか」とお考えになるお気持ちは、非常によく分かります。
しかし、化膿性汗腺炎を自力で完全に治すことは非常に困難です。
間違った自己判断はかえって症状を悪化させ、治療を長引かせる原因にもなりかねません。
この記事では皮膚科専門医の監修のもと、なぜ化膿性汗腺炎を自分で治すのが難しいのか、その明確な理由と市販薬に潜むリスク、そして正しい治療法から再発を防ぐためのセルフケアまで、徹底的に分かりやすく解説していきます。
そもそも化膿性汗腺炎とは?繰り返す痛いおできの正体
化膿性汗腺炎は、まだ一般的にはあまり知られていないかもしれませんが、決して珍しい病気ではありません。
「おでき」や「ニキビ」との違い
化膿性汗腺炎は、主に脇の下、鼠径部(足の付け根)、お尻、胸の下など、毛が多く、皮膚が擦れやすい特定の場所に繰り返し発生するのが最大の特徴です。
初めは痛みを伴う赤いしこり(炎症性結節)として現れ、ニキビや「おでき」と間違えられやすいですが、以下のような違いがあります。
- 繰り返し性: 同じような場所に何度も症状が現れる。
- 症状の進行: 悪化すると、膿が溜まって腫れあがり(膿瘍)、最終的には皮膚の下で膿の通り道(瘻孔:ろうこう)を形成したり、硬い瘢痕(はんこん)になったりすることがあります。
- 場所: 顔にできることは稀で、アポクリン汗腺という汗腺が多く分布する場所に好発します。
なぜ起こるのか?主な原因と悪化させる要因
化膿性汗腺炎の根本的な原因は、毛穴の詰まり(毛包閉塞)です。
何らかの理由で毛穴が詰まり、そこに炎症が起きることで発症します。
重要なのは細菌感染が原因で起こる「感染症」ではないということです。
したがって、他の人にうつることはありません(参考:日本皮膚科学会ガイドライン 1)。
発症のメカニズムは完全には解明されていませんが、以下の要因が複雑に関与していると考えられています。
- 遺伝的要因: 家族に同じ症状の人がいる場合に発症しやすい傾向があります。
- 喫煙: 喫煙は発症および悪化の最大のリスク因子の一つとされています。
- 肥満: 体重の増加や肥満は、皮膚の摩擦を増やし、炎症を悪化させる可能性があります。
- ホルモンバランス: 生理周期などで症状が悪化することがあり、性ホルモンの関与も指摘されています。
- 機械的刺激: 衣類による締め付けや摩擦も悪化要因です。
【簡単セルフチェック】こんな症状は要注意
以下の項目に複数当てはまる場合、化膿性汗腺炎の可能性があります(参考:日本皮膚科学会ガイドライン 2)。
一度、皮膚科専門医への相談を検討しましょう。
- 脇の下、足の付け根、お尻、胸の下などに症状が集中している。
- 治ったと思っても、同じような場所に繰り返しできる。
- 膿が出たり、いやな臭いがしたりすることがある。
- 治った後が、硬いしこりや黒ずんだ跡、引きつれた傷跡になっている。
化膿性汗腺炎を自分で治すのは難しい3つの理由
化膿性汗腺炎を自分で治すのが難しい理由を医学的根拠をもとに解説していきます。
理由1:皮膚の深い場所で炎症が起きているから
市販の塗り薬の多くは、皮膚の表面(表皮)に作用するよう設計されています。
しかし、化膿性汗腺炎の炎症の本体は、毛穴の奥深く、皮膚の真皮から皮下組織にかけての深い場所で起こっています。
そのため、表面に薬を塗るだけでは炎症の中心まで有効成分が届かず、根本的な鎮静化は期待できません。
理由2:自然治癒に見えても、皮膚の下で進行・再発しやすいから
一時的に腫れが引いて「治った」ように見えても、皮膚の下では炎症がくすぶり続けていることが少なくありません。
炎症が繰り返されるうちに、皮膚の下に膿のトンネル(瘻孔)が形成されてしまうと、そこが新たな炎症の温床となり、さらに症状が複雑化・重症化する可能性があります。
この状態になると、自力での回復はほぼ不可能です。
理由3:間違ったセルフケアで悪化する危険があるから
痛みや不快感から、つい自分で膿を押し出そうとしてしまう方がいますが、これは絶対に避けるべきです。
無理に圧迫すると、皮膚の下で膿の袋が破裂し、炎症が一気に周囲に拡大してしまいます。
また、自己判断で選んだ市販薬が肌に合わず、かぶれ(接触皮膚炎)を起こして、元の症状をさらに悪化させてしまうケースもあります。
薬局で買える薬の効果と限界
病院に行かずに自分で対処したい、という方は少なくありませんが、化膿性汗腺炎(HS)に対して“市販薬だけで根治させる”ことは期待できません。
HSは慢性・再発性で、標準治療の中心は医師が処方する抗菌薬(外用・内服)や、病勢に応じた外科的治療/生物学的製剤です。
自己判断での対応は限界があり、再燃・重症化を招くことがあります。
また、知っておくべきなのは、2025年現在、ドラッグストアなどで購入できる市販薬の中に「化膿性汗腺炎専用」の治療薬は存在しないという事実です。
軽症例でも、治療は処方薬(例:外用クリンダマイシン、テトラサイクリン系内服、必要に応じ併用療法)が基本です。
皮膚科での標準的な治し方|症状のステージ別治療法まとめ
不安を感じながらも、実際に病院でどのような治療が行われるのか分からなければ、受診への一歩は踏み出しにくいものです。
ここでは、皮膚科で行われる標準的な治療法を、症状の重症度(ステージ)別に解説します。
まずは何科を受診するべき?→皮膚科、または形成外科へ
化膿性汗腺炎の診断・治療は、主に皮膚科が担当します。
手術が必要な場合や、傷跡の治療を希望する場合には、形成外科と連携することもあります。
まずは皮膚科専門医に相談しましょう。
軽症の場合:塗り薬や飲み薬(抗菌薬)での治療
炎症が比較的軽い初期段階では、薬物療法が中心となります。
- 外用薬(塗り薬): 抗菌薬の塗り薬(クリンダマイシンなど)で、炎症の悪化や二次感染を防ぎます。
- 内服薬(飲み薬): 抗菌薬(テトラサイクリン系など)を一定期間服用し、炎症を内側から抑えます。これは細菌を殺す目的だけでなく、薬が持つ「抗炎症作用」を期待して用いられます(参考:日本皮膚科学会ガイドライン 3)。
中等症~重症の場合:外科的治療(切開や切除)
薬物療法でコントロールが難しい場合や、膿瘍や瘻孔を形成している場合には、外科的な処置が必要になります。
- 切開排膿: 膿が溜まって強く腫れている場合、小さく切開して膿を出す処置です。一時的に痛みは和らぎますが、根本的な解決にはならず、再発しやすいです。
- 病変部の切除手術: 炎症を繰り返す皮膚を、瘻孔なども含めて切除する根治的な治療法です。範囲によっては、皮膚移植が必要になることもあります。
近年注目される新しい選択肢:生物学的製剤とは?
既存の治療法で効果が不十分な中等症から重症の患者さんに対しては、「生物学的製剤」という新しいタイプの注射薬(アダリムマブなど)が使用されることがあります。
これは炎症を引き起こす特定の物質(TNF-α)の働きをピンポイントでブロックする薬で、高い改善効果が期待できます。
治療は高額になりますが、医療費助成制度の対象となる場合があります。
受診が遅れるとどうなる?平均7年の受診遅延がもたらすQOLへの影響
化膿性汗腺炎の患者さんは、診断までに平均で7年もかかっているという報告があります(参考:日本皮膚科学会 4)。
この受診の遅れは、単に症状を悪化させるだけでなく、生活の質(QOL)を著しく低下させる可能性があります。
- 痛みや臭いによる社会的苦痛: 慢性的な痛みや、膿の臭いによって、仕事や学業、対人関係に深刻な影響を及ぼすことがあります。
- 瘢痕による身体的・精神的苦痛: 治療が遅れるほど、手術が必要になったり、広範囲に瘢痕が残ったりする可能性が高まります。
- 合併症のリスク: 長期間放置された重症例では、皮膚がん(有棘細胞がん)のリスクが高まることが報告されています(米国皮膚科学会 5)。
早期に適切な治療を開始することが、こうしたQOLの低下を防ぎ、根治を目指す上で最も重要です。
再発予防と症状緩和のためのセルフケア5選
化膿性汗腺炎は、医療機関での治療と並行して、日々の生活習慣を見直すことが再発予防に非常に重要です。
ここでは、今日から始められる5つのセルフケアを紹介します。
1. 食生活の見直しと減量
肥満は化膿性汗腺炎の悪化因子の一つです。
体重が増加すると皮膚が擦れやすくなるだけでなく、体全体の炎症反応も強まる傾向があります。
バランスの取れた食事を心がけ、適正体重を維持することが、症状のコントロールに繋がります。
>>肥満外来は何キロから受診できる?BMI基準と治療の全貌を徹底解説
2. 禁煙の重要性
喫煙は化膿性汗腺炎の最も強力な悪化因子の一つです。
ニコチンは血管を収縮させて皮膚の血流を悪化させ、炎症を促進すると考えられています。治療効果を高めるためにも、禁煙は不可欠です。
3. 衣類の工夫で摩擦を避ける
スキニーパンツやタイトな下着など、体を締め付ける衣類は皮膚への摩擦を増やし、症状を悪化させる可能性があります。
吸湿性が良く、ゆったりとした服装を心がけましょう。素材は、肌に優しい綿などがおすすめです。
4. 正しい洗い方とスキンケア
患部を清潔に保つことは大切ですが、ゴシゴシと強く洗いすぎるのは逆効果です。
刺激の少ない石鹸をよく泡立て、手で優しく洗い、ぬるま湯でしっかりとすすぎましょう。
入浴後は、清潔なタオルで軽く押さえるように水分を拭き取ります。
5. ストレス管理
ストレスが化膿性汗腺炎の直接的な原因になるわけではありませんが、生活全般のマネジメントは有用です。
十分な睡眠を取り、自分に合ったリラックス法を見つけるなど、上手にストレスと付き合っていくことも大切です。
新たな治療法を試すのも一つの方法
病院で直接治療を受ける以外に、治験に参加するというのもひとつの手段です。
日本では蕁麻疹でお悩みの方に向け治験が行われています。
治験ジャパンでも治験協力者を募集しています。
例えば過去には東京や神奈川、大阪などの施設で行われた試験もありました。
治験にご参加いただくメリットとして挙げられるのは、主に下記3点です。
- 最新の治療をいち早く受けられる
- 専門医によるサポート、アドバイスが受けられる
- 治療費や通院交通費などの負担を軽減する目的で負担軽減費が受け取れる
ご自身の健康に向き合うという意味でも、治験という選択肢を検討してみるのも良いでしょう。
実施される試験は全て、安全に配慮された状況下で行われます。
化膿性汗腺炎に関するよくある質問に皮膚科医 川島眞医師が答える
最後によくある質問に皮膚科医 川島眞医師がお答えします。
Q1. 化膿性汗腺炎の原因はストレスですか?
ストレスが直接的な原因ではありません。しかし、ストレスは免疫バランスを崩し、既存の症状を悪化させる引き金になることがあります。
Q2. 他の人にうつりますか?
Aうつりません。化膿性汗腺炎は、細菌などが原因で起こる「感染症」ではないため、人から人へ感染することはありません。
Q3. 治療にかかる費用や期間の目安は?
A. 治療法や症状の重症度、通院頻度によって大きく異なります。
日本の医療保険が適用されるため、基本的な治療(内服薬・外用薬)であれば、自己負担額は月数千円程度が目安です。
手術や生物学的製剤の使用には別途費用がかかりますが、高額療養費制度などの助成が受けられる場合があります。
詳しくは主治医にご相談ください。
Q4. 傷跡は残りますか?
A. 炎症が長引いたり、重症化したりすると、残念ながら傷跡(瘢痕)が残る可能性は高くなります。
しかし、早期に適切な治療を開始することで、炎症を最小限に抑え、傷跡が残るリスクを減らすことができます。
まとめ
この記事では、化膿性汗腺炎を自分で治すことの難しさと、正しい対処法について詳しく解説してきました。
最後に重要なポイントをもう一度振り返ります。
- 化膿性汗腺炎の自力での完治は、炎症が皮膚の深部で起こり、再発しやすいため極めて困難です。
- 市販薬での対処は限定的で、自己判断での使用は症状悪化のリスクを伴います。
- 皮膚科では、塗り薬から飲み薬、手術、新しい注射薬(生物学的製剤)まで、症状に応じた様々な治療選択肢があります。
- 禁煙、減量、衣類の工夫といった生活習慣の改善が、治療効果を高め、再発予防に繋がります。
脇の下や足の付け根にできる繰り返すおできは、決して放置してよいものではありません.。
早期に適切な治療を開始することが、つらい症状から解放され、あなたらしい生活を取り戻すための、最も確実で、一番の近道なのです。
参考資料・サイト一覧
1.日本皮膚科学会ガイドライン https://www.dermatol.or.jp/dermatol/wp-content/uploads/xoops/files/kanoseikannsenenn2020.pdf
2.日本皮膚科学会ガイドライン https://www.dermatol.or.jp/dermatol/wp-content/uploads/xoops/files/kanoseikannsenenn2020.pdf
3.日本皮膚科学会ガイドライン
https://www.dermatol.or.jp/dermatol/wp-content/uploads/xoops/files/kanoseikannsenenn2020.pdf
4.日本皮膚科学会ガイドライン
https://www.dermatol.or.jp/dermatol/wp-content/uploads/xoops/files/kanoseikannsenenn2020.pdf
5.米国皮膚科学会
https://www.aad.org/public/diseases/a-z/hidradenitis-suppurativa-overview
記事監修者情報

Dクリニックグループ代表
日本皮膚科学会認定専門医として、アトピー性皮膚炎など皮膚疾患の診療・研究に長年従事。
本記事では医学的情報の正確性と内容監修を担当。
所属学会:
- 日本皮膚科学会
- 日本美容皮膚科学会
- 日本皮膚アレルギー学会
- 日本香粧品学会
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