健康診断の結果を見て、「eGFR(推算糸球体濾過量)が低い」「腎機能が低下している」と言われてドキッとしたことがあるかもしれません。
特に「基準値を下回っています」と書かれていると、「将来、透析になってしまうのでは…」と強い不安を感じる方も多いと思います。
ただし高齢者の場合、eGFRが60未満だからといって、直ちに危険・今すぐ透析という意味ではありません。
腎臓も年齢とともに少しずつ変化し、ある程度の低下は「老化現象」の一部として起こりうるからです(参考:日本腎臓学会 CKD診療ガイドライン2023、第14章)
大切なのは、数値の低さだけを見るのではなく、
- それが年齢として自然な範囲かどうか
- 蛋白尿や急激な悪化がないか
- 他の病気が隠れていないか
といった点を一緒に考えることです。
この記事では、
- 年齢ごとのeGFRの「現実的な目安」
- 心配の少ない低下・注意すべき低下の違い
- 腎臓を守るための生活のポイント
- かかりつけ医と腎臓専門医、どのタイミングで受診すべきか
を、最新の日本のガイドラインや疫学研究をもとにわかりやすく解説します。(参考:日本腎臓学会 CKD診療ガイドライン2023・2012、協会けんぽ76万人のeGFR調査など)
※この記事は疾患啓発を目的としています
eGFRは年齢とともに自然に低下する(生理的低下)
腎臓は、血液中の老廃物や余分な水分をろ過して尿を作る「フィルター工場」のような臓器です。
この工場の働き具合を表すのが eGFR です。
実は、腎臓も肌や目と同じように、年齢とともに少しずつ老化していきます。
これに伴う腎機能のゆっくりした低下を「生理的低下」と呼びます。
日本人でどれくらい下がる?
協会けんぽ東京支部が、35〜74歳の約76万人の健診データを解析した研究では、次のことが示されています。(参考:協会けんぽ eGFR研究)
- 35〜39歳の平均eGFR:約86 mL/分/1.73m²
- 70〜74歳の平均eGFR:約68 mL/分/1.73m²
- この間の年間低下率は平均−0.5 mL/分/1.73m²/年程度
つまり、日本人では「病気がなくても、何十年もかけて少しずつeGFRが下がる」ことが、大規模データから分かっています。
個人差は大きいですが、40年で約20前後下がるイメージです。
「若いころeGFRが80〜90台だった人が、70代で60〜70台になっている」というのは、自然な変化の範囲に十分入りえます。
【年代別】日本人におけるeGFRの「現実的な目安」
では、実際の日本人では年齢ごとにどのくらいのeGFRが多いのかを見てみましょう。
協会けんぽ76万人データから見た平均値
先ほどの研究では、年齢階級ごとの平均eGFRは次のように報告されています(男女計)
| 年代(歳) | 平均eGFRの目安(mL/分/1.73m²) | コメント |
| 35〜39 | 約86 | ほとんどの方が60以上 |
| 40〜44 | 約83 | まだ多くが「正常〜軽度低下」 |
| 45〜49 | 約80 | |
| 50〜54 | 約77 | |
| 55〜59 | 約76 | |
| 60〜64 | 約73 | 60をやや上回る人が中心 |
| 65〜69 | 約71 | |
| 70〜74 | 約68 | 60台前半〜後半が多い |
※この研究は35〜74歳が対象のため、80代については別の疫学研究や臨床報告から「平均50mL/分/1.73m²前後」とする報告もありますが、値は研究により幅があります(参考:Imai らの日本人コホート研究など)
「60未満」は異常? ― 高齢者では必ずしもそうとは限らない
日本腎臓学会のCKDガイドラインでは、成人全体に対するGFR区分を次のように定めています。
- G1:90以上(正常〜高値)
- G2:60〜89(正常〜軽度低下)
- G3a:45〜59(軽度〜中等度低下)
- G3b:30〜44(中等度〜高度低下)
- G4:15〜29(高度低下)
- G5:15未満(末期腎不全)
一方、70歳以上の高齢者ではeGFR40未満から腎機能低下の進行リスクが高まることが示されており、紹介基準として「70歳以上では eGFR 40未満」を一つの目安としています(参考:高齢者CKD診療ガイドと最近の話題)
つまり、
- 70代以上で「eGFRが60を少し下回る」こと自体は、それだけで異常とも言い切れない
- むしろ「eGFR40以上で蛋白尿も軽い場合」、年齢相応の範囲におさまっている方も多い
ということになります。
高齢者では「60を切った=すぐ大変」ではなく、「どのくらいの値で、どれくらいのスピードで下がっているか」を見ることが大切です。
CKD(慢性腎臓病)の定義と、高齢者での考え方
CKD(慢性腎臓病)の定義と、高齢者の場合どう捉えればいいのかを解説します。
>>慢性腎臓病(CKD)のステージ完全ガイド|数値・症状・生活改善まで解説CKDの基本的な定義

日本のCKD診療ガイドライン2023では、CKDは次のいずれか(または両方)が3か月以上続く状態と定義されています。
- 蛋白尿など「腎障害の指標」がある
- 蛋白尿(特に0.15 g/gCr以上、またはアルブミン尿30 mg/gCr以上)
- 蛋白尿(特に0.15 g/gCr以上、またはアルブミン尿30 mg/gCr以上)
- GFR(eGFR)が60 mL/分/1.73m²未満
つまり、「eGFRが少し低いだけ」よりも、蛋白尿の有無を合わせて見て診断・重症度評価を行うのが現代の標準です。
高齢者では「年齢による低下」と「病的な低下」を区別する
CKD診療ガイドラインなどでは、次のポイントが強調されています。
70歳以上でも、eGFR40以上で蛋白尿が軽い例は、加齢に伴う変化として経過観察されることが多い一方、
- eGFR 40未満(70歳以上)
- 高度の蛋白尿・血尿を伴う場合
- 短期間での急激なeGFR低下
では、「病的な低下」として専門医への紹介を強く検討するとされています。
「蛋白尿」と「eGFRの変化スピード」がとても重要
CKDではeGFRだけではなく、蛋白尿も加味され重症度が判断されます。
eGFRの値だけでなく「蛋白尿の有無」を必ず確認
CKD重症度分類では、GFR(G1〜G5)と蛋白尿(A1〜A3)を組み合わせてリスクを評価します。
- 蛋白尿がない(A1)
- eGFRがやや低くても、心血管イベント・透析へのリスクは比較的低い
- eGFRがやや低くても、心血管イベント・透析へのリスクは比較的低い
- 蛋白尿が多い(A2・A3)
- 同じeGFRでも、合併症や透析に至るリスクが大きく上がる
高齢者でeGFRが60を少し下回っていても、
- 尿蛋白:陰性(−)
- eGFRの変化がゆっくり
血圧などが安定
であれば、「年齢相応の変化」と判断されることも少なくありません。
健診結果では、必ず「尿蛋白」の欄をチェックしましょう。
「−(マイナス)」であれば、数値だけで過度に恐れる必要はありません。 (とはいえ、定期的なフォローは重要です)
「どれくらいの速さで下がっているか」を見る
協会けんぽの研究では、日本人全体の平均的なeGFR低下速度は−0.5 mL/分/1.73m²/年程度と報告されています。
おおまかな目安として:
- 年あたり 0.5 前後の低下
→ 年齢とともに起こりうる範囲(個人差あり) - 年あたり 2〜3 以上の低下が続く
→ 病気や薬の影響を含め、原因精査を検討すべき速さ
また、新潟大の総説では「eGFR 60〜69の群に比べ、50未満では腎機能低下のスピードが2倍になりやすい」といったデータも紹介されています。
1年間で5〜10も下がっている場合は、年齢のせいだけでは説明しにくく、次のような原因を疑います。
- 脱水
- 薬による腎障害(特にNSAIDsなど)
- 尿路閉塞(前立腺肥大など)
- 糖尿病・高血圧・膠原病などによる腎炎など(参考:CKD診療ガイドライン2023、高齢者CKD章)
痩せている高齢者は要注意:クレアチニンとeGFRの「落とし穴」
痩せている方の場合はクレアチニンの数値にも注意が必要です。
筋肉が少ないと「数値が良く見えてしまう」ことがある
一般的なeGFRは、血液中のクレアチニンという物質と年齢・性別から計算されます。
- クレアチニンは「筋肉から作られる老廃物」
- 筋肉が少ない人ほど、クレアチニン値は低く出やすい
その結果、eGFRが実際よりも高く(=良く)計算されてしまうことがあります
CKDガイドライン2023でも、サルコペニア(筋肉量と筋力が低下した状態)や長期臥床、四肢欠損などで筋肉量が少ない症例では、eGFRcr(クレアチニンベース)が過大評価されうると明記されています。(参考:エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2023 第1章)
例:
寝たきり・細身の高齢者で「eGFR 70」と書いてあっても、実際の腎機能はそれほど余裕がない可能性があります。
そんなときに役立つ「シスタチンC」
そこで、筋肉量の影響を受けにくい指標として使われるのがシスタチンCです。
- ほぼ全身の細胞から一定量産生されるたんぱく質
- 筋肉量の影響を受けず、GFRの変化を反映しやすい
- JSN eGFRcys(シスタチンCベースの推算式)としてガイドラインにも収載
一方で、
- 甲状腺機能
- 炎症
- 喫煙
- 体脂肪量など
の影響は受けるため、「万能な指標」ではなく、クレアチニンと併せて総合的に評価することが推奨されています。
痩せていて筋肉が少ない、あるいはeGFRの数字と体感が合わない…という方は、主治医に「シスタチンCでの評価も必要でしょうか?」と相談してみるのも一つの方法です。
高齢者の腎臓を守る3つの生活習慣

加齢による低下そのものを止めることはできませんが、低下のスピードをゆるやかにすることは十分可能です。
高齢者の腎臓を守るうえで、日常生活で特に意識したいのは次の3点です。
脱水予防(季節を問わず)
高齢者では、
- 体内の水分量そのものが減っている
- 口渇感(のどの渇き)が鈍くなりやすい
- 尿を濃くする力が落ちている
などの理由から、脱水になりやすいことが知られています。(参考:老年医学会総説)
さらに、CKDガイドラインでも、「高齢者では脱水や利尿薬、ビタミンD製剤、NSAIDsなどの影響で腎血流が低下し、急性腎障害(AKI)を起こしやすい」と注意喚起されています。
ポイント
- 夏だけでなく、暖房で乾燥する冬も要注意
- 「喉が渇いたと感じる前」に少しずつ飲む
- お茶や水を、食事以外にもコップ1杯程度こまめに
心不全や高度のCKD(G4〜5)の方は、水分制限が必要な場合もあるため、主治医の指示を優先してください。
血圧管理と「無理のない減塩」
高血圧はCKDの発症・進行の大きな危険因子であり、血圧管理は腎臓を守るうえで必須とされています。(参考:CKD総論)
一方で、高齢者では
- 「減塩しなきゃ」と意識するあまり
- 食事が味気なくなって 食欲が落ちる
- 結果として 低栄養・筋肉量の低下(サルコペニア) につながる
といった悪循環も問題になります。(参考:CKDとサルコペニアに関する総説)
おすすめは「ゆるやかな減塩」
- 出汁や香辛料、レモン・酢などで「薄味でもおいしく」工夫する
- 汁物・ラーメンのスープを全部飲まない
- 漬物・佃煮・加工食品を「頻度を減らす」方向で調整
など、無理なく続けられる範囲での減塩を心がけましょう。
腎臓に負担をかけやすい薬に注意(NSAIDsなど)
薬による腎障害の中でも、特に注意が必要なのがNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)です。
- 例:ロキソプロフェン、イブプロフェン など
- 腎臓の血管を広げるプロスタグランジンを抑えるため、腎血流を低下させる
- 高齢者やCKD患者では、AKIを起こす危険性が高い
CKDガイドラインでは、高齢者やCKD患者でNSAIDsを漫然と使用することを避け、代替薬としてアセトアミノフェンを推奨しています(参考:CKD診療ガイドライン2018・2024)
腰痛や膝の痛みでNSAIDsを「毎日の習慣」のように飲んでいる方は、一度かかりつけ医に「腎臓に負担の少ない痛み止めに変えられますか?」と相談してみてください。
どこまでかかりつけ医でよい?いつ腎臓専門医へ行くべき?
腎臓専門医を受診するタイミングの目安について解説します。
かかりつけ医で経過を見てよいケース(目安)
診療ガイドラインを参考にすると、次のような条件が揃っている場合は、かかりつけ医での定期フォロー中心でもよいケースが多いと考えられます。(あくまで目安です)
- eGFRが
- 70歳未満:50以上
- 70歳以上:40以上
- 尿蛋白:陰性(−)またはごく軽い(±〜+1程度)
- ここ1〜2年で eGFR の急激な低下(年あたり2〜3以上)がない
- 血圧・血糖などがある程度コントロールされている
- 浮腫・息切れ・強い倦怠感などの自覚症状が目立たない
このような場合は、3〜6か月ごとの血液・尿検査と血圧管理を続けながら、かかりつけ医と相談していくことが一般的です。
腎臓専門医(腎臓内科)を受診した方がよいサイン
次のいずれかに当てはまる場合は、早めに腎臓専門医への紹介を検討した方がよいとされています(新潟大総説・CKDガイドラインより)
- eGFRが
- 70歳未満:50未満
- 70歳以上:40未満
- 尿蛋白が「+」以上、特に持続する高度蛋白尿
- 尿に血が混じる(血尿)が続く
- 1年でeGFR が 2〜3 以上、あるいはそれ以上の速さで低下している
- 浮腫・息切れ・食欲低下・吐き気・かゆみなど、進行した腎不全を疑う症状が出ている
- 難治性の高血圧(薬を増やしてもコントロールが難しい)
「どのタイミングで専門医へ行けばよいか分からない」ときは、かかりつけ医に「腎臓内科の先生にも一度相談してみた方がよいでしょうか?」と率直に聞いてみてください。
治験に参加するのも一つの方法
病院で直接治療を受ける以外に、治験に参加するというのもひとつの手段です。
日本では腎機能の低下(低eGFR)でお悩みの方に向け治験が行われています。
治験ジャパンでも治験協力者を募集しています。
例えば過去には東京や神奈川、大阪などの施設で行われた試験もありました。
治験にご参加いただくメリットとして挙げられるのは、主に下記3点です。
・最新の治療をいち早く受けられることもある
・専門医によるサポート、アドバイスが受けられる
・治療費や通院交通費などの負担を軽減する目的で負担軽減費が受け取れる
ご自身の健康に向き合うという意味でも、治験という選択肢を検討してみるのも良いでしょう。
実施される試験は全て、安全に配慮された状況下で行われます。
>>治験ジャパン新規登録はこちら<<まとめ:数値に一喜一憂せず、「経過」と「全身」を見る
最後に、この記事のポイントを整理します。
- 高齢者では、eGFRは年齢とともにゆっくり低下する
- 日本人の大規模データでは、平均で年−0.5 mL/分/1.73m²程度の低下(参考:協会けんぽ研究)
- 70代でeGFRが60前後になること自体は珍しくありません。
- 日本人の大規模データでは、平均で年−0.5 mL/分/1.73m²程度の低下(参考:協会けんぽ研究)
- CKDの診断は「eGFR<60」だけでなく、蛋白尿の有無と3か月以上の持続で決まる
- 診療ガイドラインでは「腎障害の指標(特に蛋白尿)」または「GFR<60」が3か月以上続く場合をCKDと定義(参考:CKD診療ガイドライン2023)
- 診療ガイドラインでは「腎障害の指標(特に蛋白尿)」または「GFR<60」が3か月以上続く場合をCKDと定義(参考:CKD診療ガイドライン2023)
- 最も重要な指標の一つは「蛋白尿」と「eGFRの変化スピード」
- 蛋白尿がない・eGFRの低下が緩やか → リスクは比較的低い傾向
- 蛋白尿が多い・短期間で急に下がる → 要注意・専門医紹介を検討
- 蛋白尿がない・eGFRの低下が緩やか → リスクは比較的低い傾向
- 痩せている高齢者では、eGFRが過大評価されることがある
- クレアチニンは筋肉量の影響を受けるため、サルコペニアではeGFRが実際より良く見えることがある(参考:CKDガイド2023)
- シスタチンCでの評価が役立つ場合があります。
- クレアチニンは筋肉量の影響を受けるため、サルコペニアではeGFRが実際より良く見えることがある(参考:CKDガイド2023)
- 腎臓を守る日常生活のポイント
- 季節を問わない脱水予防
- 無理のないゆるやかな減塩と血圧管理
- NSAIDsの漫然投与を避け、必要に応じてアセトアミノフェン等に変更を相談(参考:CKDガイド2018/2024・高齢者CKD章)
- 季節を問わない脱水予防
- 受診の目安
- 70歳未満:eGFR 50以上、70歳以上:40以上、蛋白尿なし・急激な低下なし → かかりつけ医での経過観察が検討される
- それ以下のeGFR、持続する蛋白尿・血尿、急激な悪化がある場合 → 腎臓専門医へ早めの相談を
- 70歳未満:eGFR 50以上、70歳以上:40以上、蛋白尿なし・急激な低下なし → かかりつけ医での経過観察が検討される
参考資料・文献一覧
- 日本腎臓学会編.エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2023.東京医学社.
- 日本腎臓学会編.CKD診療ガイド2012(eGFR男女・年齢別早見表を含む).東京医学社.
- 高橋俊雅ほか.日本人の年齢別推算糸球体濾過量(eGFR)の検討〜協会けんぽ東京支部76万人の健診データから〜.協会けんぽ東京支部.2015.
- 今井圓裕.高齢者の慢性腎臓病(CKD).日本老年医学会雑誌.
- 新潟大学.高齢者の慢性腎臓病CKD診療ガイドと最近の話題.2013.
- 武井卓.腎の老化と腎機能(腎機能の低下に伴って起こりがちな夜間尿,熱中症など).日本老年医学会雑誌55巻3号.2018.
- 樋口ほか.慢性腎臓病(CKD).信州医学雑誌.
- 日本腎臓学会編.CKD診療ガイドライン2018・2024(薬物療法・薬剤性腎障害、高齢者CKDの章).
- 京都府立医科大学ほか.CKD診療の最前線(CKDと高齢者、透析導入年齢の動向に関する記述).
関連記事