「睡眠薬にはいろいろな種類があるけれど、専門の医師は今どれを選んでいるのだろう」「いつまで飲み続けるものなのだろう」。不眠で通院している人や、家族の薬が気になっている人なら、一度は考えたことがあるかもしれません。
この記事は、2025年に日本で行われたアンケート調査の論文をもとにしています。東邦大学・杏林大学などの研究チームが調査し、日本臨床精神神経薬理学会の専門医152人が回答したものです。特に断りのない限り、この記事の内容はこの論文にもとづいています。
この調査は、薬の効果を測った試験ではありません。「寝つきが悪い患者」「夜中に目が覚める患者」といった診療でよくある場面ごとに、専門医が処方するならどの薬を選ぶかを尋ねたものです。
結論を先に言うと、寝つきが悪い場合でも、夜中に目が覚める場合でも、専門医が最も支持したのは「オレキシン受容体拮抗薬」という比較的新しいタイプの薬でした。脳の「目を覚まし続ける」信号を抑えて、眠りに導く薬です。一方で、従来型の睡眠薬の多くは、選ばれる順位が後ろに下がっていました。
この調査が調べたこと
調査を行ったのは、日本臨床精神神経薬理学会の医学教育委員会が中心となった13人の作業グループです。2025年11月14日から12月19日にかけて、ウェブ上のアンケートとして実施されました。
回答したのはどんな医師か
回答したのは、日本臨床精神神経薬理学会と日本神経精神薬理学会に所属する「臨床精神神経薬理学の認定医」です。精神科の専門医であるだけでなく、学会に3年以上所属し、決められた施設での研修や学術活動を経て、認定試験に合格した医師に限られます。いわば、薬の使い方に詳しい精神科医です。招待された350人のうち152人が回答し、回答率は43.4%でした。臨床経験は平均25.5年で、所属は大学病院(38.2%)、精神科病院(32.9%)、クリニック(17.1%)が中心でした。
アンケートでは、不眠の治療でよくある17の場面を用意し、場面ごとに「この薬を選ぶか」を薬ごとに9段階で答えてもらいました。1が「全く同意しない」、9が「強く同意する」です。使わない薬には1を、使う薬には少なくとも1つは9を付ける、という決まりがありました。
順位は、単純な平均点では決めていません。平均点が高くても、医師によって評価が大きく分かれる薬は上位に入りにくいように、統計的に慎重な基準(95%信頼区間の下限)を使っています。この基準で出した点数によって、薬は次の3段階に分けられました。
- 第一選択:基準の点数が6.5点以上
- 第二選択:3.5点以上6.5点未満
- 第三選択:3.5点未満
さらに、第一選択の中でも回答者の半数以上が最高点の9を付けた薬は、「最優先の選択」と呼ばれます。反対に、回答が低い点・中間・高い点に分かれてどこにも寄らなかった項目は、専門医の意見が割れているとみなされ、「コンセンサスなし(意見の一致なし)」とされました。
なぜ今、この調査が必要だったのか
不眠の治療で最初に行うのは、薬ではありません。国際的なガイドラインでは、眠りを整えるための生活習慣の指導(睡眠衛生指導)や認知行動療法を最初に行うことが、一貫してすすめられています。薬は、それだけでは足りない場合に補助として使うもの、という位置づけです。
ところが、いざ薬を使うとなったとき、日本で頼りになる指針は、2013年に作られた「睡眠薬の適正な使用と休薬のためのガイドライン」が中心です。このガイドラインができたのは、オレキシン受容体拮抗薬や、体内時計に働きかけて眠りを促す薬(メラトニン受容体作動薬)が広まる前のことでした。そのため内容は、脳全体の働きを抑えて眠らせる従来型の睡眠薬(ベンゾジアゼピン受容体作動薬)が中心になっています。
2023年にも、専門家の意見をまとめた調査がありました。しかし、そのときの主なテーマは従来型の睡眠薬の減らし方・やめ方で、病気や場面ごとにどの薬を選ぶかという枠組みまでは示されていませんでした。その後、新しいオレキシン受容体拮抗薬も登場しました。こうした変化を受けて、専門医が今どの薬を選んでいるのかを改めて調べる必要があった、と論文の著者らは説明しています。
わかったこと①:寝つきでも中途覚醒でもオレキシン受容体拮抗薬が最優先
オレキシン受容体拮抗薬は、脳の中で「目覚めを保つ」働きをしているオレキシンという物質の信号を抑えて、眠りに導く薬です。脳全体の働きを抑えて眠らせる従来型の睡眠薬とは、効き方の仕組みが違います。
この節のポイント
寝つきが悪い場合(入眠困難)でも、夜中に目が覚める場合(中途覚醒)でも、最優先の選択に選ばれたのはレンボレキサント(デエビゴ)でした。平均点は、入眠困難で8.2、中途覚醒で8.0です。
ここからは、薬の名前を一般名(成分の名前)で書きます。この記事に出てくる薬の一般名と、主な商品名・薬の種類は次のとおりです。ジェネリック医薬品を処方されている場合は、薬の名前がこの表と異なることがあります。
| 一般名 | 主な商品名 | 薬の種類 |
|---|---|---|
| レンボレキサント | デエビゴ | オレキシン受容体拮抗薬 |
| スボレキサント | ベルソムラ | オレキシン受容体拮抗薬 |
| ダリドレキサント | クービビック | オレキシン受容体拮抗薬 |
| ラメルテオン | ロゼレム | 体内時計に働きかける薬(メラトニン受容体作動薬) |
| メラトニン | メラトベル(小児用) | 体内時計に関わるホルモンを成分とする薬 |
| エスゾピクロン | ルネスタ | 従来型の睡眠薬(ベンゾジアゼピン受容体作動薬) |
| クロナゼパム | リボトリール、ランドセン | 従来型と同じ系統の薬(てんかんの薬として承認) |
| トラゾドン | デジレル、レスリン | うつ病・うつ状態の治療薬 |
| プラミペキソール | ビ・シフロール | パーキンソン病・むずむず脚症候群の治療薬 |
商品名・薬の種類は、医薬品医療機器総合機構(PMDA)の添付文書情報をもとに記載しています(2026年10月29日時点)。
場面ごとに、第一選択・第二選択に入った薬は次のとおりです。
| 場面 | 最優先の選択 | 第一選択 | 第二選択 |
|---|---|---|---|
| 寝つきが悪い(入眠困難) | レンボレキサント | レンボレキサント、ダリドレキサント | エスゾピクロン、スボレキサント、ラメルテオン、トラゾドン |
| 夜中に目が覚める(中途覚醒) | レンボレキサント | レンボレキサント、スボレキサント | ダリドレキサント、ラメルテオン、トラゾドン、エスゾピクロン |
どちらの場面でも、従来型のベンゾジアゼピン受容体作動薬の多くは第三選択でした。例外はエスゾピクロンで、従来型の薬でありながら第二選択に入っています。
オレキシン受容体拮抗薬3剤の中で、なぜレンボレキサントの支持が最も高かったのか。著者らは2つの理由を考察しています。1つは、ダリドレキサントが2024年12月に日本で使えるようになったばかりで、医師の使用経験にまだ差があること。もう1つは、スボレキサントと比べて寝つきへの効果が強いことを示唆した過去の研究があることです。これらが結果に反映されている可能性がある、としています。
わかったこと②:効かないときは「別のオレキシン受容体拮抗薬へ」
オレキシン受容体拮抗薬を使っても十分に眠れない場合はどうするか。専門医が最も支持したのは、従来型の薬に戻すことではなく、別のオレキシン受容体拮抗薬に切り替えることでした。この切り替えが最優先の選択で、平均点は7.7です。第一選択に入ったのはこの切り替えだけでした。エスゾピクロン・トラゾドン・ラメルテオンへの変更は第二選択で、従来型を含むその他の多くの薬は第三選択でした。
2種類の薬を組み合わせる「併用」については、第一選択に入る選択肢がありませんでした。エスゾピクロン、ラメルテオン、トラゾドン、または別のオレキシン受容体拮抗薬を追加する方法が、第二選択に入っています。
切り替えが支持された背景(著者らの解釈)
従来型の睡眠薬は、やめるときに時間をかけて少しずつ減らす必要があります。オレキシン受容体拮抗薬にはその手順がいらず、始めるのもやめるのも比較的簡単です。この扱いやすさが、切り替えが支持された理由の1つかもしれない、と著者らは述べています。
わかったこと③:病気によって選ばれる薬は変わるのか
この調査では、うつ病や認知症など、別の病気を抱えている人の不眠についても場面ごとに聞いています。その結果、精神疾患や認知症の多くの場面で、オレキシン受容体拮抗薬が変わらず中心に選ばれました。
| 場面 | 専門医の評価 |
|---|---|
| 認知症、統合失調症、双極症、うつ病、不安症、せん妄、物質使用症 | レンボレキサントが最優先の選択(平均8.0〜8.4)。スボレキサント、ダリドレキサントも第一選択。ラメルテオン、エスゾピクロンは概ね第二選択 |
| 神経発達症 | メラトニンが最優先の選択。ラメルテオン、レンボレキサントが第一選択 |
| レム睡眠行動障害 | ラメルテオンとクロナゼパムが比較的高い評価 |
| むずむず脚症候群(レストレスレッグス症候群) | 第一選択なし。クロナゼパム、プラミペキソール、オレキシン受容体拮抗薬が第二選択 |
| 悪夢を伴う不眠 | 最優先の選択・第一選択ともになし。ラメルテオン、トラゾドンはやや高い点数で第二選択に入ったが、明確な合意は見られなかった |
従来型のベンゾジアゼピン受容体作動薬は、特に認知症やせん妄のある人の場面で第三選択になりました。
一方で、病気によっては別の薬が前に出る場面もあります。神経発達症ではメラトニンが、レム睡眠行動障害ではクロナゼパムが、むずむず脚症候群ではプラミペキソールが選ばれました。また、悪夢を伴う不眠については、薬の選び方がまだ十分に定まっておらず、さらに研究が必要だと著者らは述べています。
わかったこと④:薬はいつまで続けるのか
症状が良くなったあと、いつ薬を減らしたりやめたりするのか。この問いには、第一選択に入る答えがありませんでした。
「1〜3か月」(平均6.6)、「3〜6か月」(6.5)、「6か月〜1年」(5.7)は、いずれも第二選択でした。「2〜4週間」(4.9)と「1年超」(4.8)については、専門医の意見が割れました(コンセンサスなし)。つまり専門医の間でも、続ける期間にはかなりの幅があると受け止められているようです。
では、どんなときに薬を続けたほうがよいと考えているのでしょうか。続ける理由として支持されたのは、次の3つです。
過去の専門家調査では、従来型の睡眠薬をどう減らすかが重視されていました。それと比べると今回は、再発のおそれが高い場合や症状が安定しきっていない場合に、オレキシン受容体拮抗薬を長めに続けることが受け入れられつつあるのかもしれない、と著者らはみています。
長く続けることへの注意
ただし著者らは、オレキシン受容体拮抗薬を長く使ったときのリスクはまだわかっていない、と注意を促しています。薬を続けることの利益は、再発を防げるかどうかにかかっていると考えられるため、可能であれば中止するのが望ましい、という立場です。長く使ったときの安全性や、どのくらい続けるのが最適かについては、今後の研究が必要だとしています。
専門医が重視する安全性の論点
オレキシン受容体拮抗薬が中心になった背景には、薬の効き方の仕組みと、副作用の出にくさが関係しているのではないか、と著者らは考察しています。
著者らが引用した複数のレビュー研究によると、オレキシン受容体拮抗薬は、従来型の睡眠薬と同じ程度の効果がありながら、認知機能の低下、転倒、依存のリスクは低いことと関連づけられています。転倒や骨折が増えることとは関連しないと示唆されています。その一方で、日中の眠気や、金縛り・幻覚のような副作用(レム睡眠に関わる副作用)が増えることとは関連があるとされています。
うつ症状・自殺念慮への注意
論文が取り上げたオレキシン受容体拮抗薬3剤(スボレキサント、レンボレキサント、ダリドレキサント)は、米国の添付文書(米国での薬の公式な説明書)に、うつ症状の悪化や自殺念慮に関する警告が書かれています。著者らによると、これらの薬が自殺念慮を引き起こすかどうかは、確かめられてもいなければ、否定されてもいません。それでも、特に精神疾患のある人では、治療中にうつ症状が出たり悪化したりしていないか、自殺念慮が出ていないかを、医師が注意して見ていく必要があるとしています。
従来型のベンゾジアゼピン受容体作動薬が多くの場面で第三選択に下がった背景として、著者らは、依存や、使ううちに効きにくくなること(耐性)、副作用への心配を挙げています。その中でエスゾピクロンだけが第二選択にとどまった理由は、著者らの解釈では2つあります。長期の比較試験を含めて根拠が積み重なっていることと、効果と副作用の少なさ(忍容性)のバランスが、ほかの従来型の薬より良いと受け止められていることです。
わからないこと・この調査の限界
この調査は、専門医の「意見」を集めたものです。結果を読むときの注意点として、論文の著者ら自身が次の点を挙げています。
「第三選択」は「使ってはいけない薬」ではない
この調査で第三選択になった薬は、専門医がその場面では優先して選ばなかった薬というだけで、有害だと判定された薬ではありません。著者らも、1点は「その場面では選ばない」という意味に受け取るべきだとしています。
この調査の対象と、読むときの注意
この調査に答えたのは、日本の精神科で薬物療法の認定資格を持つ専門医152人です。調べたのは「専門医が処方する薬としてどれを選ぶと答えたか」です。薬を飲んだ人がどのくらい眠れるようになったか、どんな副作用が出たかを測ったものではありません。
また、回答は日本の保険制度や薬の承認状況を前提にしたものです。著者らは、医療制度や処方の習慣が違う国にはそのまま当てはまらない可能性があり、日本の医療の実情に沿って読むべきだとしています。
読者にとっての位置づけ
この記事の内容は、今飲んでいる薬を自分の判断で変えたりやめたりするための材料ではありません。薬の種類や続ける期間は、その人の症状や持病、ほかに飲んでいる薬との兼ね合いで決まります。気になることがあれば、この調査の結果を話のきっかけにして、主治医や薬剤師に相談してください。
